私たちの社会は今、多様性や環境を以前にも増して意識するようになり、それは単なる言葉だけではなく、社会的要因やガバナンス要因も取り入れた、全体的な組織へのインパクトを含め、大きな変容を迎えています。
言葉は次々と変容しています。 SDGs、 CSR、 CSV。
しかし、言葉だけではない、「わたしたちのCSR」とは何でしょう。一人一人が心から納得のできる、本来の意味の企業の社会的な責任、等身大のその意味と、そして環境変化に応じて、現在地点でどんな意味をなすのか。さらに、この先どうなっていくのか。東京理科大経営学部准教授の大江秋津先生をお招きし、弊法人シニアマネージャーの小磯沙織と対談した内容を掲載します。
東京理科大学
経営学部 経営学科
准教授
大江秋津
税理士法人山田&パートナーズ
シニアマネージャー
公認会計士・税理士
小磯 沙織
小磯:先生、本日は宜しくお願いいたします。私たちについて少しご紹介させていただきます。
私たちは、今年創立40周年を迎えた税理士法人ですが、税理士の仕事は社会インフラの一つであり、元来、私たちは社会的責任を意識しなくてはならない業種です。そうした思いを創業者の山田淳一郎が、理念として「健全な価値観」「社会貢献」「個と組織の成長」という三つの言葉に集約しました。創業以来、常日頃から仕事の仕方、考え方に落とし込んで、説き続けてきた大切な理念です。これを脈々と受け継ぎ、実直に守り続けてきたことが、山田&パートナーズをここまで成長させてくれたのだと思っています。
そのような背景があるのですが、あらためて社内で2020年に新しくCSR委員会を発足しました。時代の変化、環境の変化に合わせて柔軟に成長できるのも私たちの特徴だと考えています。そのため、今「私たち自身がsocial goodだと感じるものは何だろう?」との思いをあえて素直に見つめ直そう、というのが発足の背景なんです。
本日も先生にお会いして、先進的な取り組みなどもお伺いしたいと思っていますが、同時に基本というか、そもそもCSRって何だろうというところから、ざっくばらんにお話しできればと思っております。宜しくお願いいたします。
大江:本日は、お招きいただきありがとうございます。
私は大学では考古学を学んでいました。卒業後にアクセンチュアに就職し、その後コンサルタントとして16年ほど活動、そして子育てのタイミングで修士課程に入り、学術の世界へ。今は東京理科大学で教えています。専門は経営学で、「時代と国家を超えたイノベーションの発生と知識移転のメカニズム」を研究しています。今日のお話とは関係なさそうに見えるかも知れませんが、CSRも深く関わってきます。
実際に、コンサルタント時代でも現在でも、様々な業種やサイズの企業から、次のようなことお聞きします。
「CSRをやっても何のメリットもないのではないか」
「CSR活動をしてもなんの業績もなく、ただのコストではないのか」
「製造業でもない我々は、CSR活動と言っても、何をしたらいいのかわからない」
「CSR活動をするより本業をしたい」
現在SDGs部門やCSR部門を創設したり、Chief Sustainability Officerを採用する大企業も多いですが、一部ではまだまだ上記のような疑問を持っていらっしゃる企業や個人も多いと感じています。小磯さんがおっしゃる通り、本当に自分自身落とし込んで心から賛同して自らの意志で活動に取り組みたい、というのは大変素晴らしい姿勢だと思います。
小磯:ありがとうございます。我々も同様の疑問は当然にあります。
大江:CSR活動に活発に取り込んでいる企業は、顧客を満足させる強力な武器となり、競争力や収益性を高めるということが、研究成果からわかってきています。また、社会貢献活動というのは、組織が新たな知識や既存知識を深めることに繋がり組織のパフォーマンス向上に繋がる、といったことも先行研究でわかってきています。では、どうやって収益に繋げているか、このメカニズムを紐解く上でキーワードとなると考えるのが「正当性」、または「社会的正当性」です。正当性とは、わかりやすく例にしてみると、お孫さんがあの会社に就職したい、お爺さんお婆さんが「あの会社なら良いね」と思えるかどうか、というのも正当性についての一つの側面だと思います。
現在求められる企業の姿として「SPOs」(Social purpose organizations)の時代になっています。日本語で「社会的目的組織」。商業活動によって得られた利益を社会的な目的に使う。儲けたいというのが本音の組織もあるかもしれませんが、それでは正当性が得られない、という時代に、あと一歩で到達する、というところに来ているかもしれません。
小磯:私たちは税理士法人として社会の中で責任ある立場として業務を行っています。それに加えて、社会的正当性を獲得することが必要である、ということと理解いたしました。
業務を通じて、お客様やお取引様から信頼をいただけるよう日々努めていますが、いわゆるおじいちゃんおばあちゃんからも「良い会社だね」と思ってもらえるような社会的正当性があると、取引先から今後も選ばれ続ける、また、新しいお客様からも選ばれる、という意味ですね。
実際にどのように社会的正当性を獲得していくか、それがCSR活動の取り組みへ繋がると思いますが、実例などご紹介いただけると嬉しいです。
大江:これは私の研究室の学生の研究なのですが「NPO活動と企業連携」というテーマです。CSR活動の取り組みの一つに、NPO法人等の組織と連携する手法がありますが、その研究となります。
大江:この図はネットワーク図です。連携数が多いほど、中心で円が大きい存在ですね。連携が多いと経験が多いのはもちろん、入手できる情報量が増えます。効率的なCSR活動をするために、このようなネットワーク図を参照するのも一つです。
他の研究結果も面白いのがたくさんありますよ。他の学生の研究からも、環境効率が向上している企業は株主への還元に非常に積極的、ということもわかりました。
小磯:研究結果からも、CSR活動の効率的な手法や、メリットが見えているのですね。興味深いです。
NPO法人との連携ということでしたが、弊法人は「NPO法人ベトナム簿記普及推進協議会」を運営しています。
ベトナムの皆様に日本語で複式簿記を教えるプロジェクトを実現したい、という思いから2008年に設立、その直後からベトナム各地で講義を行い、これまでに累計受講者数が一千人を超えています。2018年には、日本とベトナムの経済関係促進に貢献したとして、当NPO法人は日本の外務大臣表彰を受けました。
大江:それは素晴らしいことではないですか。アピールするといいですね。
CSR活動に取り組むと同時に、それを「伝える」ことが意味があることを忘れないでいて欲しいです。
ベトナムという海外のお話が出ましたので、私もチェコのお話をさせていただきます。チェコ共和国の企業を研究対象としていて、CSR活動でも興味深い結果が出ているので、ご紹介させていただきます。
チェコ共和国は人口は1千万人、1993年にソ連から民主主義国家として独立して、ユーロ加盟国です。実は、近年失業率が非常に低く、日本を下回る年もあります。そのため、人が雇えないという問題を抱えています。
私が調査している企業は自動車部品を作っている会社です。毎年訪問させていただいていますが、オモロウツという歴史のある町にある社員が数百人規模の中小企業です。この会社も、若い力のある人を雇いたい、という時代は過ぎ去り、今は、お年寄りも誰でも来た人を100%雇う、という状態になっています。全員雇い入れて、立派に育てるための「DOJO(道場)3.0」と名付けられたプロジェクトも発足しています。
実は、この会社は国から様々な表彰を受けるほど、数々の素晴らしいCSR活動に取り組んでいる会社なんですね。
この会社がCSR活動に取り組む理由は、4つあります。一つは、人材獲得。2つ目は、離職の防止。地元で素晴らしい会社だという評価を得ることで、自身の会社に誇りを持ってもらう。3つ目は、各所から高く評価されている素晴らしい会社、評判が高い会社として親会社に認めてもらうことで、グループ内で安定した地位を維持することです。4つ目は、地元があってこその会社という考え、強い地元愛が礎になっています。地域社会での正当性の獲得と言えます。実際に訪問して彼らの活動を目の当たりにしていますが、本当に熱心に取り組まれています。
具体的にはホッケーやクロスカントリーなどスポーツの支援。チャリティーコンサートのチケット配布などの障害者への支援。高校生の14日間インターンの受け入れなど子供たちの支援。オリジナルチェコ製品へのサポートとして、イベントでのオリジナル食品の提供など、全てはここではご紹介しきれないくらいの活動をしています。
実際に、チェコでこの会社の社員にお話をお聞きする機会があったのですが、どうして彼女がこの会社に入ったかというと、以前レストランでアルバイトをされていたのですが、そのレストランをこの会社がCSRイベントで度々活用していたのですね。その様子を見て、素晴らしい会社でぜひ入社したい、と考えるようになったということで、まさに目的の人材獲得を実現していましたね。
小磯:なるほど。人材難は日本も同様だと思いますので、大変参考になるお話かと思いました。
先ほど、お客様に選んでもらえる、というお話をいたしましたが、まさに会社として入りたいと選んでもらえるかどうか、これもCSR活動と深く関わるということを実例でご紹介いただきました。大変わかりやすかったです。ありがとうございます。
あらためて思いますのは、組織は社会の中で生かされているんだなということです。お客様、そして組織の中で働く人たちにとって、優しく、私たちが必要だなと思ってもらい、信頼してもらう必要があります。組織が生かされている社会に「そこにいて、いいんだよ」と選んでいただく存在である必要があると思いました。それを実現し持続させる活動の一つがCSRであり、何ができるか、ということを大江先生から学ぶことができたように思えます。まず最初は手探りのCSR活動になるかもしれませんが、その活動が少しずつつながり、次第に大きな波になって、社会にとって大切な企業として私たちの組織がこれからもあり続けられたら、と思いました。
大江:そう思っていただけて嬉しいです。
「伝える」ことは、社会にCSRの意識を高める循環を生む重要なエネルギーになります。ぜひ活動を広くアピールしてみてください。
小磯:本日はありがとうございました。
(2022年8月2日取材)